1900年代
1902年、トライアンフのコンベントリー工場から初めてのモーターサイクルが生まれました。以降、「No 1」として知られるこのモーターサイクルは、本質的には補強した自転車のフロントダウンチューブから2.25馬力のミネルバエンジンを吊り下げたものでした。エンジンのクランクシャフトからベルトを介して後輪を駆動し、自転車としてのペダルやチェーン、クランクは残されたままでした。シュルトがベルギー製のミネルバエンジンを選んだのは、とにかく品質を重視したからにすぎません。彼は完全主義者であり、また当時、最先端の内燃技術はヨーロッパ大陸から生まれていたのです。
1905年、自身も才能豊かな開発技術者でありモーターサイクリストである、トライアンフの作業管理者、チャールズ・ハサウェイ(Charles Hathaway)の協力を得て、シュルトは完全自社製マシン、モデル3HPを創
り出しました。このモデルは363 cc単気筒サイドバルブエンジンを備え、1500 rpmで発生する3馬力という高出力と、約45 mphの最高速度を誇っていました。
モデル3HPが完成すると、シュルトはこのマシンを洗練させ、発展させることに専心しました。ほかのメーカーがあまりにも急速な改革を試みる中、トライアンフは常に自分たちのマシンを検証し、着実な進化を遂げました。
トライアンフのエンジン排気量は年を追うごとに大きくなりました。1908年には476 cc、3.5馬力となり、急坂を登るための「可変プーリー」が装備されました。
同年のマン島TTレースにおける勝利<ライダー:ジャック・マーシャル(Jack Marshal)>は、トライアンフの信頼性と性能をさらに誇示することとなります。また、このレースにおいてトライアンフは出走8台、完走8台という成績を残したといわれています。
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