2000年~

21世紀の幕開けに、トライアンフはヒンクレー工場でバイク生産数10万台を達成し、また、新しく2種類のモデルをリリースしました。その1つ目は、日本メーカーの土俵に真正面から挑戦するスポーツミドルウェイトTT600でした。599 ccの直列4気筒フューエルインジェクションエンジンと、世界的な称賛を得ることとなる車体を組み合わせたTT600は、このクラスにおける日本製以外の唯一のモデルでした。おそらくトライアンフにとってさらに大きなニュースであったのが、2つ目のニューモデル、ボンネビルでした。刺激的な790 cc空冷パラレルツインの新しいボニーは、ルックス、フィーリング、ソウルを1960年代終わりの伝説的なモデル、T120と融合させました。ニューボンネビルはすぐに好評を博し、続いてアメリカのライダーをターゲットとしてデザインされたクルーザースタイルのボンネビルアメリカが発表されました。そして突然、悲劇は繰り返されます。


トライアンフが増産の準備をしていたまさにそのとき、工場が火災によって崩壊したのです。2002年3月15日の火災により、主要倉庫、インジェクション成形エリア、車体ラインと最終組立ラインは完全に破壊され、残りのエリアも激しい煙によってダメージを受けました。この火事はイギリスで発生した工場火災の中でも最大級のものでしたが、それにもめげず、トライアンフはすぐさま再建に取り掛かり、6ヶ月後には再建された工場で全面操業を開始しました。研究開発部門はこの火事の影響を受けなかったため、工場が再開するとすぐに、4気筒のスーパースポーツ、デイトナ600が初めて公表されました。


レース界への再帰の先陣をきる役割を持つデイトナ600は、2003年と2004年のイギリススーパースポーツチャンピオンシップで高い競争力を発揮し、マン島TTレースでは初参戦での勝利をもたらしました。
以降、量産モーターサイクルとして初めて排気量2リットルの壁を突破した驚愕のロケットスリーや、つい最近フルモデルチェンジしたスプリントSTとスピードトリプルなど、そのほかのニューモデルが続いて発表されています。
トライアンフでは、あらゆる面におけるモデル開発計画と、絶え間ない設備投資を続けています。この10年間の後半にも、誰も予期できない進展が待っているかもしれません。

 

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